08

11月

2010

相手の為と自分の為

大学病院に10年間勤めていたのですが

メインの科は「整形外科」「形成外科」「眼科」「耳鼻科」でした。

 

もちろん既往歴に内科や外科、脳神経外科の方や小児科もしょっちゅ~いましたし

いろんな科の方がいました。

 

どちらかといえば「看取り」が多いと言うよりは

「障害を持ったままの社会復帰」の患者さんに多く関わって来ました。

 

 

事故や病気で首から下が動けない。

下半身麻痺で車椅子を強いられたり

歩行は杖無しでは無理だったり

義足の方ももちろんいました。

眼科も多かったので全盲での社会復帰の方もいました。

 

 

 

それは気の毒です。

皆さん心のどこかでは「なんで私が・・・」と思っています。

しかし、嘆き悲しんでいても仕方ない現実でもあるのです。

 

 

この障害を持った方の越える壁にボディーイメージというのがあります。

 

 

どういうことかと言うと

痩せている太っていると同じように自分のイメージなのですが

 

 

車椅子が必須の人は車椅子は自分の一部になります。

眼鏡のように。

「車椅子なんて格好悪い。。。」と思っても

そこを越えて使わないわけいかないのです。

 

 

病気を受け入れていないと抵抗も強くでます。

被害者意識もまだまだ癒されていない患者さんは自分の世界だけにひきこもります。

 

 

しかし退院し家に戻り家族と生活していくためには

障害と車椅子を受け入れていくしかないのですね。

それは、自分のためですし、家族のためです。

 

 

 

全盲の方は歩く方向を確認する棒を持って歩かなくてはいけなくなります。

持つことによって全盲だということを周りに知っていただくことも

とっても大切だからです。

 

 

 

格好が悪いからといって持たなければ

相手の人が全盲だということを理解しにくいので

ぶつかってしまいます。

ぶつかった方が一見悪いように思われがちですが

誰も人に怪我をさせたいと思って歩いてはいません。

持たないことでぶつかって怪我でもしたら

ぶつかってしまった方は申し訳ない思いをさせてしまうのです。

お互い安全に歩くために持つのです。

 

 

そして、一番わかりにくい障害は

「聴覚」です。

 

 

これは本当に一見わかりません。

そして、余程のお年寄りにならない限り補聴器の抵抗は強い様です。

特に女性の方は補聴器をつけたがりません。

 

 

耳が悪いから大きな声で話さなくてはいけないのは解っていても

大きな声で話すってお話する方も結構なストレスですよね。

怒っているわけでも無いのに

大きな声で理解してくれるまで

何度も何度も同じことを伝えるのはしんどい作業です。

 

 

 

補聴器が使える範疇であれば 

これも相手と自分の為に必要な物です。

 

 

 

 

どうか障害を抱えている方

自分で目覚めていって欲しいのです。

障害も本当は自分で選んでいます。

そんなつもりはなくてもです。

 

 

 

厳しいようですが

格好悪いから車椅子や杖、補聴器を使わないのはエゴなのです。

「自分のことしか考えていない人です私は!」と言っているようなものなのです。

どうか自分で気づいて乗り越えて欲しいのです。

家族はその障害が可哀想で言えない家族も多いのです。

しかもある程度の大人の方には特に言いにくいことなのです。

 

 

いかにもカツラがずれている方に「ズレていますよ」って言えないのと同じです。

自分でいかに周りの人に気をつかってもらっているのか悟って欲しいのです。

(カツラを否定しているわけではないですよぉ。)

 

 

 

健やかな人間関係の為に

エゴをすてて一歩前に進んで欲しいと思います。

調和なる毎日の為に♥♥♥ 

お互いの歩み寄りが全てを解かしてくれるのです♪ 

 

 

 

 

 

 

 

 

感謝☆