火
06
9月
2011
許し
こんにちは。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
ご機嫌よく過ごせていますか?
昨日、私が愛用している
「シナリー化粧品」の10周年記念の講演会へ
行って参りました。
99歳の方の講演会があるという魅力的な誘い文句で
久しぶりの横浜へ~。
聖路加国際病院の理事長「日野原重明先生」
お名前だけだと存じ上げないなぁと思っていたら
お顔を見て「あ~~~」と納得。
有名な方でした。
来月100歳をお迎えになられるとのことでした。
前祝いに参加するできて光栄でした。
おめでとうございます!
老人ホームでのお仕事も7年していたので
お元気な100歳前後の方々は
人よりはたくさん見てきているのですが
やっぱり人前で話す事を続けている方は
また特別ですね。
100歳目前にして歩いて登場、立ったままでの講演。
寄りかかるテーブルも杖も無く、フリーで立ってました。
時には歩き、自由な感じで話されていました。
水の飲まず、発声も素晴らしい。
30分位はお話されたのかと思います。
日野原先生もシナリー製品を使っているとのことでした(#^.^#)
公演の内容はどの世代にも言えることということで
生きていく上でのポイントを話して下さいました。
しかし、何より・・・
お元気に講演し続けているお姿が何よりの説得力で
内容云々よりも、見ているだけで癒された感じです(#^.^#)
可愛かったぁ♥
先生のお言葉達はとにかく重みがあります。
「許す」ということが一番大事。
戦争を例にあげてはいました。
いくら殺されたからといって殺し返さないこと。
許すということがいかに大事か。。。と。
また壮大なテーマも
100歳に言われると
そうだなぁ。。。と素直に思えてしまうのも不思議です。
この許し。
今の私にはメインテーマでもあります。
理屈では理解できても
実際、目の前で愛する誰かが殺されたら
その相手を許せますか?
ということです。
例えわざとで無いにしても
愛する我が子の命を脅かしたその人を許せるのか。
私はまだまだできないなぁと感じていた矢先のメッセージでした。
数カ月前、殺されはしなかったけど
かなり命も危なかったムカデ駆除剤の事件でショックになったみみ▽・w・▽
その事件をずっと引きずっていました。
まだ、隣には何もなかったかのように住んでいる
中山の土地に薬を無断で撒いた人。
その後、謝罪もなければお見舞も無く
もちろん病院費用もいただいてはいない。
みみはそれがきっかけでアレルギー体質となり
あれ以来室内犬となり
今年の夏は湿疹と痒みでいまだに尾を引いています。
皮膚病ですから一生付き合う覚悟なのです。
しかし、私の主人を始め
中山の皆さんも何も無かったかのように
終わったこととなっているのです。
そして、私の中での怒りに油を注ぐように
お隣のその薬を撒いた人の笑い声とか聞こえて来るのです。
みみはまだまだ苦しんでいて
私もまだまだ癒えてはいない。
自分に対する「なぜあの時外に出していたのか」という怒り
いったい私の何がそんな事を引き寄せたのかと。。。
私の権限やお願いではその加害者に出て行ってももらえない無力さ
(義父が貸している家の人が薬を撒いたのです)
そして、私は大事にされるに値しない存在なんだと感じてしまう中山家との考え方のズレ。
まだまだ自分を許せていないのです。
行き着くところは「なぜここに嫁に来てしまったのか」という自分への怒り。
これが遠く離れた加害者であればまだ風化していくのかもしれませんが
なぜ、我が家の隣の貸家に住んでいて
毎日その人を感じ、見なければならないのか。
私にはストレスでも主人を始め中山家の皆さんは痛くも痒くもないのです。
私の超えようとしている山はとにかく高いらしい^^;
嫁というのは「アウェイ」で生きていくしなやかさが
生命力に直結する生き物なんだと切に思うのです。
キリスト意識にたどり着かないと中山の敷地での生活はできないのか。。。
「許し」これはとにかくヒーリングなのです。
ヒーリングが起きないと進めはしないのです。
今、私にできることは
とにかく周波数と共にいること。
癒しが起こるその時はきっと来ると信じ
なるべくフォーカスしないで
何も無かったかの様に生きていれば
きっとそのうち気付けば綺麗に無くなっているだろうと思っています。
リコネクティブヒーリングって何かなぁと感じてみると
リラクゼーションなんてレベルでもなく
癒しなんだけどもっと重みがあるなぁと思っていて
じゃぁなんだ?と考えると
「許し」なんですよね。
末期癌の方が治った=自分への許しですものね。
きっと私も私が許せる時が来ると信じて☆
感謝!
UNIVERSE GRACE
