金
04
11月
2011
フルマラソンに学ぶ
皆さまこんにちは。
11月に入りもう4日も過ぎましたね。
速い速い。
ぼちぼちできるところから
年末の大掃除を
始め出そうかと思っている次第です。
さて、昨日主人の
フルマラソン(湘南国際マラソン)の応援に
思い立って行って参りました。
沿道まで行って
走っている姿を観たのは初めてで
主人もかなり喜んでいました。
始めは「恥ずかしいからいいよ」とか言っていましたが
本当は来てほしかったのですね。
素直に始めから言えばいのに
どうやって甘えていいか解らないで育ったのでしょうね。
素直に希望が言えないようです(;一_一)
そのあたりがやっぱり他人(自分じゃない)だなぁと感じるところです。
他人って面白いですね。
私は良いのか悪いのかは解りませんが
何一つ包み隠せないタイプなので
なんでもオープンです。
なのでストレスもフリー(^。^)
旦那様に言えないことは何もなく
ありがたき幸せ者です(*^_^*)
優しい旦那様だからなのですけどね。
私も優しくなれる日がくるのかなぁ?
マラソン・・・
感じるものがありましたねぇ。
私にとっては異次元の空間でした。
まず、走ろうとなぜ思うのか?
そこから解らないので(^。^)
凄いなぁとしか言えません。
何かあるのでしょうね。
やった人にしか解らないことがね。
関門も制限時間ぎりぎりで通過できず
リタイヤしなくてはいけなくなった人達を見届けてきました。
やっぱり厳しさというのもあるんだなぁ。と痛感です。
なぜか一人ウルウル涙ぐみながら
なぜか大嫌いな言葉「がんばれ~!!!」と叫ぶ私(^^ゞ
便利な言葉ですね、「がんばれ」って。
残念ながら制限時間で通過できなかった方々の
悔しそうな顔と、でも満足よという笑顔と
人それぞれでしたが
それでも20キロ走ってるし
感動をいただいてきました。
お疲れさまでした。
主人は今回(フルマラソン2回目)は前回の学びから
ピッチを上げ過ぎず抑え目に前半走って
体力を温存しながら
最後まで歩かないでゴールしたいというのが目標だったようなのですが
関門まであと10分となっても現れず
ちょっとかなり遅すぎじゃないのかとひやひやしていたら
無事に現れました。
その後の関門も毎回なんとか通過できたらしく
ゴールはしたのですが
帰宅後、どうだったのか色々感想を聞いてみたのです。
大げさに言えば命がけで走ってるわけですよね。
何か感じることもあったはずです。
とても大切なことを言っていました。
「周りのみんなと同じペースで走ってると
いつもの自分のペースなのか
速いのか、遅いのか解らないし
その中で、追い抜いて速く走るのも大変」とのこと
つまり、集合意識に入ると
そこで調和してしまうので(日本人は特に)
自分の本来のペースが見つけられない
というのです。
自分がいる周りのピッチになんとなく合わせて走っていると
安心なのでしょうね。
しかし、ちょっと関門の制限ぎりぎりなんじゃないのかと
少しずつ周りが気付きだし
途中からざわざわし始めたら
「ホントにぎりぎりだったよぉ。」と。
群れから出るというのはこのように大変だし
勇気が必要なのですね。
しかし、始めから自分のペースをしっかり持っていれば
そのペースの領域の人達のところを走りながら見つけて
合流できるのかも知れません。
やはり、マラソンでも意識ひとつなわけです。
集合意識からの影響を受けないで存在することが(走ることが)
ベストに繋がるわけですからね。
まずは自分(のペース)というものを知ることから始まるのですよね。
主人の場合
その自分を知るために走っている段階なので
この学びを次のマラソンと人生に活かしてもらえたらと思う次第です。
学びはどんなことからだって学べます。
世界は比喩ですので
いくらでも活用できます。
それをどう自分に落とし
活かし、生きるかですよね。
マラソンでできたことは人生に活きますし
一つの「道(どう)」ですものね。
嫁としては楽しんで取り組んでもらえてたら嬉しい限りです。
これからの地球はその集合意識からの解放がメインテーマでもあります。
周りにどう言われようが思われようが
自分自身を表現していく
属さない生き方が必要となっていく時代です。
全ては自分の内側にあり
ただそれを表現していくことで
生きていけるのです。
属さないというのは社会とのことで
自分に似た考え方の人でコミュニティーができ
そうやっていくつものパラレルワールドが存在するでしょう。
そのためには
まず、自分を知ること。
あなたはなにものですか?
いろんな角度から
どんどん内側に入って行きましょう。
自分を知ることに積極的になりましょう。
感謝。
UNIVERSE GRACE
